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【小矢部市】空間を追い求めた芸術家 加賀谷武

2025.09.25

小矢部市出身の造形作家、加賀谷武(1932-2024)さんを知っていますか?
加賀谷さんは「空間生態」をテーマに日本の現代美術の第一線で活躍した世界的アーティストです。今回は、加賀谷さんのご家族と学芸員の方に、その人となりと造形活動の軌跡についてお話を伺いました。


2003年6月 オンボラート展にて

アートハウスおやべで開催された
加賀谷武 遺作展

加賀谷武氏の妻 加賀谷 好子さん  

加賀谷は12歳で高岡工芸学校に入学してから、その生涯を閉じる92歳までの約80年間、アートとともに歩んだ人生でした。とても真面目で几帳面な性格で、それを物語るエピソードはいくつもあります。

金澤美術工芸大学(3年+専工科1年)に在籍当時、夏休みも1日も休まず4年間大学へ通い、専門の金工科だけでなくさまざまな学科をまわって学んでいたらしく、他の学科の学生から「また来たのか」と声をかけられることもあったそうです。

卒業後は小学校で図工を教えながら創作活動を続け、のちに活動の拠点を東京へ移します。当時は土曜日も半日授業がありましたが、週末には毎週のように銀座の画廊や美術館を巡り、最先端のアートに触れ続けました。そこで生まれた多くの作家との交流から、国内外のさまざまな土地での展覧会に作品を出展するようになっていきました。
 

「黒・顔」二科展初出品作品

「作品」翌年の二科展出品作品
加賀谷の代表作は『ロープインスタレーション』と『ゴールドスペース』。『ロープインスタレーション』は屋外などの広大な空間にロープを張り巡らせ、空間そのものをキャンバスに見立てた壮大な作品です。
「宇宙はキャンバスだ」と生前よく語っていましたが、まさにその言葉を体現する作品だと思います。

県内でも太閤山ランドや富岩運河環水公園、クロスランドタワーなど、多くの場所で展示を行いました。

創作意欲は晩年も衰えることがなく、90歳を過ぎても入院する前日まで朝晩の散歩は欠かしませんでした。道端の石や木の枝をアトリエに持ち帰っては金色に塗るなどして、作品として新たな命を吹き込んでいました。今でも家の中には、そうして生まれたアート作品が大切に飾られています。

「今日のおやべ立体造形 in クロスランド展」ロープインスタレーション 2007年  

「Gold Space T.K Tokyo 2016」2016年 シロタ画廊所蔵  
ある時、「『自分が絶えず考えていること』を話すから書き留めてくれないか」とお願いをされました。「芸術とは」「自由とは」「空間とは」「現実とは」。
よどみなく語られた言葉は130項目以上にも及びました。

「人間は死ぬまでが努力だ」。加賀谷がよく口にしていた言葉です。
その言葉を体現するかのように生涯をかけてアートと向き合い、「空間」を表現し続けた、まさに「アートに生きた人」だったと思います。

自宅アトリエは生前当時のまま、作品がずらりと並んでいる

アートハウスおやべ 学芸員 二塚 望さん

今年5月〜6月に、アートハウスおやべにて『加賀谷武 遺作展』を開催しました。千人を超える来場者があり、加賀谷先生の創作の軌跡をご覧いただきました。

先生はさまざまな技法・表現によって「空間」を表現した作品を制作されていましたが、私が特に印象に残っているのは『ロープインスタレーション』です。高く広い空間にロープを1本走らせることで、普段見ないところに目がいくという作品です。いろいろな解釈があると思いますが、私は大空に絵を描こうとしているように感じました。

また、随想「光のマチエール」(『美術手帳』1976年3月号)では子どもたちに「平面とは何か、立体とは何か」ということを教えるのが難しいと語っており、「画用紙のように薄っぺらなものは平面だと言っておきながら、画用紙を徐々に湾曲させていくと『立体に見えてきた』と言う。さらに完全な円筒にすると平面で何も詰まっていない空気だけになるが、『立体に見える』と言うのである」という授業中の子どもたちとのやり取りの様子は、今回の遺作展で展示した『物質的空間態』を彷彿とさせました。

左:しん気桜 1967年  右:物質的空間態 1967年
先生はひたすらに『空間』というものを考え、いろいろなかたちで自分が考えた『空間』を表現していました。

来年1月17日(土)から、砺波市美術館で『加賀谷武 追悼展』が常設展示室で開催されます。ぜひ多くの人に先生の作品の世界観を味わっていただきたいと思います。
 

この記事を書いた人

おとなり編集部

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