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【小矢部市】必勝祈願の地 埴生八幡宮と義仲祭

2026.05.26

歴史国道の入り口、倶利伽羅へ続く場所に鎮座する埴生八幡宮。ここは、かつて源平の合戦で勝利を収めた武将・木曽義仲(源義仲)が祈りを捧げた聖地です。歴史ある社殿や宝物殿など、歴史を感じる境内は必見です。

6月には木曽義仲にちなんだ「義仲祭」が毎年開催されています。さて、義仲祭とはいったいどんなお祭りなんでしょうか。今回は埴生八幡宮の宮司さんと地域の方に、お話を伺いました。


埴生八幡宮 宮司 埴生雅章さん  

平安時代末の源平合戦 倶利伽羅峠の戦いに臨み、木曽義仲が陣を張ったのがこの埴生の地です。緑の木の間に見える神社が源氏の氏神であり武神でもある「八幡宮」だと知った義仲は、ここで戦勝祈願を行うことを決意しました。神様への切なる願いをしたためた「願書」を奉納して戦いに臨み、平家の大軍を見事に打ち破って大勝利を収めました。この出来ごとから、埴生八幡宮は武士の守り神・戦の神様として多くの武将から信仰を集めることになりました。

江戸時代に入ると、加賀藩の前田家からも当宮は特別に手厚い保護を受けました。現在残っている雄大な社殿は前田家から寄進されたものであり、現在は国の重要文化財に指定されています。

こけら葺き屋根の曲線が美しい社殿
義仲は当地では勝利の英雄ですが、最期は従兄弟同士の争いによって命を落とした悲劇の武将でもあります。

約40年前の昭和58年、「源平倶利伽羅合戦八百年祭」の際、全国からの寄付で日本一の大きさといわれる木曽義仲の銅像(騎馬像)が境内に建立されました。さらに12年前から、義仲の功績を称えるために新たに始まったのが「義仲祭」です。

義仲祭は毎年6月の第1土曜日に開催されています。義仲祭の祭式(顕彰祈願祭)の後には、当時の戦勝祈願で奉納された「願書」を高らかに読み上げる謡や、平家琵琶の演奏、雅楽、詩吟、剣詩舞など、義仲にちなんだ「文武両道」のさまざまな芸能・武芸が毎年、演目を変えて神前に奉納されます。

今年は6月6日(土)に開催し、うしお新舞踊研究会による「ああ倶利伽羅古戦場」の舞踊奉納と、小矢部吟好会による詩吟奉納を予定しています。また、その一週間前の5月30日(土)には、義仲の願書をはじめ、宝物の解説をする催しも実施します。

境内には、鳩の導きによって発見されたという富山の名水「鳩清水」もございます。人生の勝負ごとに勝つ「勝守り」は受験生に人気ですよ。

 
 義仲の勝守り
ぜひ一度、歴史の息吹を感じに、埴生八幡宮へお参りにいらしてください。

名水 鳩清水

「八」の字が神使・鳩の形になっている


うしお新舞踊研究会 友華会 松下美智子さん

私たちは5年前から毎年、義仲祭で舞踊を奉納させていただいています。実はこの踊り、随分前から舞台踊りとして踊られていましたが、10年くらい前に、小矢部で開催されていた「火牛まつり」を盛り上げるための街流し用に、当会会主の大野潮先生に振付をしていただきました。曲は「ああ倶利伽羅古戦場」という昔からの歌に合わせており、全国的にも珍しい振り付けになっています。

その後、火牛まつりが終了してしまい、「この素晴らしい踊りをなくすのはもったいない」と埴生八幡宮さんにご提案したのが、奉納の始まりでした。

当日は2つのフォーメーションで舞踊を披露します。まず、境内では女性10名が男役と女役に分かれて踊ります。女役は編笠姿でしなやかに手踊りをし、男役ははちまき姿で太鼓のバチを持ち、力強くカッコよく舞うのが特徴です。そして参道では、お揃いの着物を着た30名ほどが約50mをみんなで一緒に踊り歩く「町流し」を行います。

今後は、地域交流の場としてこのお祭りをさらに広げていきたいと考えています。小矢部市には現在、外国人の方が多く住んでいらっしゃいますが、地域との繋がりはまだまだ少ないのが現状です。そこで、ベトナム人の若者や地元のガールスカウトの子どもたちに着付けや踊りを教え、来年の義仲祭ではみんなで一緒に踊るという計画を現在進めているところです。

神聖な神社で踊るのは、とても特別感があって私たちにとっても楽しい時間です。当日はぜひ、たくさんの方に義仲祭に来ていただきたいですね。
 

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おとなり編集部