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【北陸新幹線の実現を夢見た男】岩川毅

2025.11.01

砺波商工会議所の入口に、ある男性の胸像が設置されています。その名は「岩川毅」。となみ野に大きな足跡を残した岩川は、故郷・砺波の発展を誰よりも強く願い続けました。彼は遠くを見つめ、何を思っているのでしょうか?

 

犬養毅から一字をもらって

岩川毅は、大正3年(1914)1月23日、東礪波郡出町(現在の砺波市新富町)で小さな印刷会社を営む岩川範介の長男として生まれました。範介は大の政治好きで、岩川の名前は親交のあった当時の政界の実力者・犬養毅に頼んで、名前をもらいました。  県立礪波中学校(現在の県立砺波高校)を卒業後、父が経営していた中越印刷に入社し、昭和19年には社長に就任します。以降多くの業種を手掛ける「中越グループ」の総帥として、砺波地区の経済界をリードしました。印刷会社のチューエツ、製紙会社の中越パルプ工業、編物・レース製造の中越レース工業、梱包材料を製造する中越パッケージ、運送会社の中越運輸(現在の中越テック)などは、岩川の手によって創られた会社です。

経営者として活躍した彼は、戦後の昭和22年に周囲に推されて、県議会議員選挙に立候補します。以後3期連続県議をつとめ、昭和30年には県議会議長に就任します。県議になる前、岩川は貴族院議長だった大屋晋三に「富山2区から、衆議院議員選挙に立候補しないか」と懇願されます。しかし経済界の批判をズバズバと言ってしまう彼に対し、敵が多いのではと心配した友人が立候補を止め、代わりに当時テレビ局社長・正力松太郎を擁し、岩川は正力の選挙参謀となります。この大屋とは、芸能界で華やかなピンク色のドレスをまとい、活躍した故・大屋政子の夫です。
 

新幹線を建設していただきたい!

「太平洋側と比べて日本海側は交通網に遅れをとっている。東京から北陸を通って、大阪につながる北回りの新幹線を建設していただきたい!」

昭和40年、金沢市で開かれた一日内閣の席で、突然岩川は当時の首相・佐藤栄作に熱い口調で訴えました。彼の迫力に佐藤も驚き、熱心に耳を傾けたといいます。彼は緻密に調べ上げたデーターをもとに、「裏日本」と呼ばれ、開発が遅れていた北陸に、東海道新幹線のバイパス路線として着工すべきだと熱く語りました。これをきっかけに、大蔵官僚の中からも岩川の提案に同調する者も現れ、いよいよ現実味を帯びてきました。

この動きに乗じて、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった新潟県選出の衆議院議員・田中角栄(後に首相)や岩手県選出の衆議院議員・鈴木善幸(後に首相)らが、東北新幹線と上越新幹線を先に開通させることになりました。
 

故郷・砺波を愛し続けて

岩川がよく言っていた言葉に次のものがあります。
「砺波で考えぬものが富山へ出ると十、東京で百、ニューヨークでは千になる」と。  

つまり岩川自身、砺波ではなかなか理解してもらえない主張を展開しているが、世界的にはきっとそれが主流になっていると言いたかったのでしょう。この言葉には、彼のとなみ野に対する深い思いがこもっていることが伝わってきます。

さて彼の足跡は数限りなく挙げられます。例えば砺波市にある「夢の平スキー場」の開発、国道156号線の砺波・高岡間の道路舗装、北陸自動車道の誘致と砺波インターの開設、長野県と富山県を結ぶ安房峠をトンネルで通す「安房トンネル」の建設の提唱、出町の都市改造(区画整理)などはほんの一部です。岩川は地元の発展のために、と惜しみなくカネを捻出しました。
 

地元のコミュニティ新聞

平成9年、砺波市にあったコミュニティ新聞『となみ新聞」が廃刊となりました。これはもともと『中越時報』という名で発刊されていて、岩川の父・範介が執筆していました。その後は薬局を営んでいた岩田宗一郎が「となみ新聞」と改題し、取材・執筆を続けました。各家庭に新聞折込で届けられたこの新聞は、砺波のコミュニティな情報が細かく紹介され、市民が手に取る新聞でした。

この新聞のパトロン的存在だったのが、岩川でした。コミュニティ新聞の重要性に注目した彼は、『となみ新聞」の発行費を惜しまず出資しました。ところが岩川が亡くなったことで、結局廃刊する運命となりました。この新聞を通じて、自分の愛するとなみ野の姿を伝えたかったのでしょう。

「私は少なくとも他人の3倍の働きをしてきた」と常々語っていた岩川は、平成5年8月5日に79年の生涯を閉じます。彼の歩んだ道程は、10年先、時には20年先のことを見据えて、がむしゃらに突き進んだものだったといえるでしょう。
 



この記事は、「TSTチャンネルガイド」(現 おとなり)に2001年から2007年の間に70回にわたり連載された『となみ野ストーリー』の内容を掲載しています。なお、『となみ野ストーリー』は2007年8月に書籍としても発刊されています。

この記事を書いた人

おとなり編集部

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