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【刀の美しさに魅せられた男】得能一男

2025.11.01

日本刀の入門書として、絶大な支持を集めている『日本刀辞典』(普及版は『日本刀事典』)。日本刀の価値を広く伝え、愛刀家の要望にこたえる書として、現在も版を重ねています。こうした日本刀に関する書籍を多数執筆し、「鉄の芸術」として、刀の魅力を国内・世界へ発信し続けたのが、得能一男です。得能は各地で講演活動や鑑定会を重ね、日本刀の持つ魅力を余すところなく伝えました。

 

歴史好きが昂じて

得能一男は、昭和8年(1933)1月12日、西礪波郡吉江村荒木(現在の南砺市荒木)で生まれました。彼の父は小学校入学前に他界、母の手一つで育てられ、幼い頃から歴史書を読むことが好きな少年でした。また同級生の中でもリーダー的存在だった彼は、「田舎にいるより、都会に出なければいけない」とよく話していました。

昭和20年4月、得能は県立礪波中学校(現在の県立砺波高校)に入学、その後は県立福野高校へ進学しますが、都会への憧れを深めた彼は、昭和26年に上京して、警視庁へ就職します。

ある時、得能は日本刀を見る機会がありました。初めて日本刀を見て、その神秘的な神器の美しさに感激、以来「『警察六法』ではなく刀剣書」というほど、その魅力に引き込まれていきます。そしてこの世界にのめり込み、仕事の合間を見つけては、当時の刀剣鑑定の専門家たちを訪ねます。しかし、その教えに疑問を感じるようになった彼は、独学で刀剣の研究に取り組みます。結果、警視庁を10年、カメラ販売会社で5年勤めた得能は、脱サラしてからは本格的に刀剣研究の道を歩み始めます。
 

すべては「疑うこと」から?

一言で刀の鑑定といっても、ニセモノかどうか、作者は誰か、いつ頃できたか、値段はいくらかなど、その分野は多岐にわたります。また刀剣は、犯罪に使われるケースもあることから、捜査協力を求められて、警察署や税関に出かけることもありました。その一方、各地で講演活動や執筆活動を続けました。

得能は、「刀を知るには、その時代の歴史と他の芸術品や人文・地理までを理解しなければいけない」と考え、史実研究に余念がありませんでした。そうして得られた多くのデータを蓄積することで、「今まで解けなかったことが、寝ている間に氷解する」と常々仲間に話していました。また彼は、「『正宗』だからいい刀だ、という考えではなく、自分で気に入ればそれでいい。生活に全く必要ではないものだが、見ているだけで満足感にひたれるのが刀ではないか」と、蔵刀家や鑑定家が興味本位で値段を吊り上げて鑑定する風潮を嘆き、それを厳しく批判しました。歯に衣を着せぬ得能節は、業界内でも一目置かれ、自らも「一匹狼」と称して憚りませんでした。
 

全国の刀剣研究者のために

昭和47年、得能は各地の刀剣研究グループの横断組織「刀剣研究連合会」を創立します。彼は、会員相互の親睦をはかることに主眼を置き、初心者にもわかりやすく刀の魅力を説きました。また翌年には『日本刀辞典』を発刊、以後『刀工大鑑』、『美濃刀大鑑』、『脇差入門』など、多数の刀剣関連書を世に送り出します。写真を多く掲載したこれらの本は、刀剣界の慣習にとらわれない平易な解説書として多くの人々から人気を得ました。

昭和52年1月と翌昭和53年11月、得能は伝統刀装工芸会の会長として、東京・銀座にあった松屋デパート(松屋銀座本店)で、刀剣展示会を開催します。また昭和60年には、会員以外の一般刀剣愛好者にも門戸を開こうと、東京駅鉄道会館にて末備前特別鑑賞会を開催するなど、多くの刀剣ファンの要望にこたえました。

得能のライフワークの集大成は、『新版刀工大鑑』の発刊でした。刀工に秘められた歴史を体系的にまとめたこの本は、資料的価値を高く評価されました。また晩年には、自身の故郷・富山へも頻繁に足を運び、『加越能大鑑』の執筆の準備をするべく、資料の収集にあたっていました。
 

世界を舞台に日本刀を啓蒙

平成8年11月、得能はロシアに出かけ、蔵刀調査を行いました。かつての占領時代に日本軍から没収した刀の中には、日本の国宝級の逸品も多数含まれており、ロシア政府からのたっての要請に応えたものでした。この際彼は、エルミタージュ美術館で「日本における刀剣について」と題する講演を行い、「刀は日本の美意識の極みである」と話しました。またアメリカやイギリスなど世界各地を訪れ、独自の視点で語りました。

以前、医者から糖尿の疑いを指摘されていた得能は、足を引き摺りながら、全国各地の骨董展示会に出かけました。平成13年の夏頃から、彼は体調の異変を感じるようになりましたが、「もっと刀の研究を続けなければ!」という使命感から、充分に治療を受けることなく、各地を飛び回る生活を続けました。しかしそのことで無理を重ね、翌平成14年7月12日に69年の生涯を閉じます。

刀の本質を、鋭い視点と経験で、総合的に分析・推測して極めるという得能の精神は、現在も刀剣研究を志す人々の心に生き続けています。
 



この記事は、「TSTチャンネルガイド」(現 おとなり)に2001年から2007年の間に70回にわたり連載された『となみ野ストーリー』の内容を掲載しています。なお、『となみ野ストーリー』は2007年8月に書籍としても発刊されています。

この記事を書いた人

おとなり編集部

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